ラデク・バボラーク スペシャル・ロングインタビュー

baborak1.jpg チェコ・ホルンの伝統とオルガンの荘厳な響きによる
「ブルックナー・イン・カテドラル」発売記念インタビュー!

 ベルリン・フィルのソロ・ホルン奏者でもあり、名実共に世界一のホルン奏者ラデク・バボラークが、歴史的演奏を感じさせる新譜をリリース。バボラークも一押しと豪語する意気込み十分のこの一枚、ぜひ楽しんでほしいと願うバボラークにお話を聞いてみました。

今回のブルックナーの録音の構想を思い描いたのはいつくらいからですか?きっかけなどありましたら教えてください。

Babo:以前からオーケストラなどでブルックナーの作品を演奏する機会がありまして、ぼくはこの作曲家の作品にとても興味を持っていたんです。でも、ブルックナーはホルンのオリジナルの作品を書いていないので、作品の中からホルン用に編曲して演奏するということを思いつきました。
 今回のアルバムのコンセプトは約5年前に考えついていて、それからというもの、ブルックナーの宗教曲を含むあらゆる楽曲を聴いて、ホルンアンサンブルに適した曲を選びました。

最終トラックには約25分もの、交響曲第7番第2楽章「アダージョ」を演奏されていて、これはもちろん今回の録音では編集して手を加えているわけですが、実際これを演奏会などで通して演奏することは可能ですか?
 
Babo:コンサートで演奏することは可能です。
 この曲は、リヒャルト・ワーグナーの死に対して作ったという、歴史的な曲であることなど、とても内容の濃い音楽になっていると思います。それだけではなく、ブルックナーの書いたシンフォニーのアダージョの中でも、最も美しく最高の作品です。小さなモチーフをいくつも重ねて最後には大きな頂点をむかえる。そして最後には再び静けさが戻ってゆき、一つの世界を完結させています。
 ホルンのテクニックとしては、この曲は約2オクターブの音列の中で作られているので、そんなに難しいものではないです。
 25分間も休憩もなしにコンサートで吹くのは大変なことかと思われますが、この音楽に対して共感し、曲の精神的なものを理解し吹きこなすことが、コンサートで演奏することの大事なポイントだと思います。

今回のほとんどの編曲に携わっているミロシュ・ボクさんは、バボラークさんのこれまでのアルバム・・・例えば清水和音さんとナストゥリカさんとのブラームスの三重奏のアルバムや、バボラーク・アンサンブルのCDの中など頻繁に編曲を担当されていますね。バボラークさんはこのボク氏と、音楽的にかなり親しくされているようですが、彼はどのような人物なのでしょうか。

Babo:ミロシュ・ボクとは、昔からの知り合いで、長い間親しくしている友人でもあります。彼はプラハ郊外に住む作曲家で、いまはカールス・バーグの音楽院で教えたり、家の近くのアマチュアの合唱団の指導にも携わりながら、作曲活動をしていて、いろいろなジャンルの曲を書いています。
今回の編曲はとても素晴らしいものに仕上がったと思いますが、実際ホルンアンサンブルにアレンジするということはとても難しいことだったと思います。この編曲版は非常に音域が広く、演奏することが難しかったのですが、我々も頑張りましたし、結果としては、願っていたような美しい音色のアンサンブルの編曲に仕上がったと思います。

 このブルックナーの編曲のもの以外を挙げると、ボク氏の作品の中には、ブラームスの三重奏をオーケストラとのドッペル・コンチェルトに編曲したものもあります。彼は現代の作曲家でもありますから、オーケストレーションは現代の響きになりがちですが、そのドッペル・コンチェルトはブラームスのその時代の曲の雰囲気を表したいい作品に仕上がっていると思います。

baborak07.jpg今回のホルン・メンバー「チェコ・ホルン・コーラス」は、チェコ・フィルなどチェコ中のオーケストラから集めた精鋭で編成されたアンサンブルですね。ベルリン・フィルでも働いているバボラークさんが、チェコ人のみのメンバーで編成を行ったのはなにかこだわりがあってのことですか?

Babo:僕は今まで約13年間ドイツのオーケストラで演奏しているから、今回のプロジェクトではドイツのホルニストを集めた演奏も可能でした。でも今回は、これまでCDに残されたホルンアンサンブルの演奏、例えばロンドン、ウイーンや、最近では私もベルリン・フィルの素晴らしいホルンアンサンブルをCDにしましたが、それらとは違った表現の可能性を、このチェコ人のみのアンサンブルで求めたかったんです。メンバーは、チェコの同じ学校で学び、同じホルンの奏法を学んだ気心の知れた仲間の中から選びました。もう約25年前からの、学生時代からの知り合いで、みんな今ではチェコ・フィルの奏者、プラハ放響の奏者、オペラの奏者であったりと、チェコ内の色々なオーケストラでホルン奏者として働いているんですが、今でもよく連絡を取り合っているんですよ。

チェコ・ホルンといえば、独自の伝統があって、昔から世界中の演奏家たちに影響を与え続けているハイレベルなホルン、また楽器を超越した豊かな歌心を持っているという印象ですが、チェコ・ホルンは他の諸国のホルンと比べて何が違うのでしょうか。またチェコ・ホルンとはどのような教育や歴史のもとに成り立っているのでしょうか。

Babo:チェコ・ホルンの音色というのはとても独特なものだと思っています。世界には他にも、ロシア、ドイツ、ウイーン、フランスの奏法等・・・色々ありますが、チェコの奏法というのは、我々の体のなかに根付いている奏法です。昔は、そのような国ごとでの奏法ではなく、ミュンヘンであったり、モスクワであったりという、もっと小さな範囲でホルンの奏法というものが存在していました。今は、もっとワールドワイドにホルンの奏法というものが確立されているように感じます。毎回レッスンでは先生に「人間の声のように、歌うように吹きなさい」ということを言われまして、それがわれわれのレッスンにおいての基本テーマでした。エスプレッシーヴォで表情をつけたり、ビブラートをつけたりなどもしますが、なにより人の声で歌うように吹くというのがチェコのホルンの奏法の基本理念なのです。またチェコの奏法は、そこまで大きなダイナミックな表情を付けるような奏法ではないですね。割れるような大きな音も出さないし、あくまでも人の声の範囲内のダイナミクスと思います。僕自身といえば、ドイツに移って、ドイツの奏法も身に着けました。チェコの奏法と、ドイツの奏法、この両方を兼ね備えたものが自分の音楽を作っていると思います。例えば、ピアニシモで吹いた直後に強力なフォルテシモで強弱をつけたりするように、大きな差をつけたダイナミクスで音楽を表現することもあります。今回のアンサンブルについていえば、チェコの独特な音色がとても重要でした。また、チェコの同じ奏法の仲間とアンサンブルをするということは気心の知れた仲間と演奏するということでもありますから、そういったことが良いアルバムを作ることができた一因になったことも事実ですね。

チェコ・ホルンの伝統を今後守って後世に伝えていくため、バボラークさんの中でなにかアイデアやプランなどを持っていますか?

Babo:チェコも1989年のビロード革命で壁が崩れて以来、今では世界の壁というものはなくなりました。アメリカ、ドイツからチェコに習いに来るホルンの生徒、またその逆もあるでしょう。今はまだその過渡期にあって、彼らがこれから自国に戻ってその後どうなるかということはこれからの未来のことになりますが。ドイツにも素晴らしいホルンの楽派、システム、奏法の教え方があります。それをチェコに持ち帰ることも、とてもいいことだと思っています。ドイツの奏法を自分の母国で伝えて、チェコの奏法と交じり合ったら、新しいものができてくるのではないでしょうか。つまりそれはインターナショナルなホルンの奏法になってくるし、チェコの奏法、各地の奏法の流れと共に新しく進化していくものです。

baborak05.jpgのサムネール画像バボラークさんはバッハやブルックナーのこのような教会音楽を録音に取り上げることが多いですね。今回は初めて録音のロケーションに教会を選ばれているわけですが、特別に思い入れがあったんでしょうか。

Babo:バッハやブルックナーなど教会で演奏するために書かれた音楽を今回のように教会で録音するということは、コンサートホールやスタジオなどで演奏するのとは、雰囲気、精神性が全く違ってくるものだと思います。教会で演奏するということはわれわれヨーロッパ人の歴史的環境の中で昔から行われてきたことで、特殊な精神性があってのことだと思います。特にこのようなブルックナーの宗教曲は、コンサートホールで演奏するよりは、絶対的にこのようなカテドラルの中で演奏されるものだと思います。コンサートホールでの演奏は、もっと早くとか、もっと正確に、ものすごくヴィルトオーゾ的に、もしくはソリスティックになどと要求されることがあるかと思いますが、教会の中は、もっとゆっくりと時間が流れているので、ゆったりとした精神性をもって音楽の流れを作っていくような感じです。今回の教会の中での録音は、本当に素晴らしいものに仕上がったと思います。メンバー全員が、教会の中で同じ時間を感じ、同じ精神を保てて、その音楽と響きの中に身をゆだねてひとつの作品を完成することができました。今回のホルンメンバーが教会に集まって、気持ちが一体となり同じ精神性を持ってひとつのアンサンブルを作り出せたことは、とても素晴らしい体験だったと、皆も感じたようです。

この「ブルックナー・イン・カテドラル」に続くような今後のアルバム制作の構想などありましたら教えてください。

Babo:今回はブルックナーのアンサンブルのためにこの8人のメンバーを集めてこのような素晴らしい演奏を行って、僕も非常に満足しているわけですが、出来上がったCDを聴き、またこのメンバーで何か他のことをやってみたいと次の構想を考えるようになりました。これはそれまで思いもしなかったことですが。例えば、新しい作曲家に、このアンサンブルのために曲を書いてもらう、またはこのアンサンブルに見合う音楽を探して次の構想を考えてみたいなとも思っているところです。初期のバロックや、ルネッサンスの音楽をこのメンバーでやってみたいですね。フレスコ・バルディ、ガブリエリなどの音楽、16、17世紀の音楽にも挑戦してみたいと思います。また、これはもう依頼するしかないでしょうが、このメンバーのために新曲を書いてもらい、20世紀、また21世紀のアヴァンギャルドで現代的な音楽にも挑戦したいと思っています。バッハの音楽も、自分のモットーの中にあるひとつので、それにも挑戦したいです。とまあ、このように色々考えているので、まだまだこの先5年くらいはいろんなことができるでしょうね。充分だと思いますが、いかがでしょうか。

最後に、日本のファンの皆様にメッセージをお願いします。

Babo:日本の親愛なる皆様へ、今回のCDを買っていただいた方は、ご家庭のオーディオ装置で聴かれたり、ヘッドホンステレオで聴かれたりと様々だと思いますが、とにかく純粋に音楽を楽しんでいただければ!
 このCDを聴くことによって、ブルックナーの音楽を学び、見識を高めるということも結構ですが、教会のゆったりとした精神性を聴き取っていただいいたり、もっと単純にこの音楽の雰囲気、教会のサウンドというものを楽しんでいただいて、例えば赤ワインなどを飲みながら聴いてもらえればと思いますね。

 

いろいろと興味深いお話しをありがとうございました。


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チェコ・ホルンの伝統とオルガンの荘厳な響きによる「ブルックナー・イン・カテドラル」

 ブルックナー・イン・カテドラル ~天上の音楽~

アヴェ・マリア/ヴィントハークのミサ
モテット集/「アダージョ」(交響曲第7番第2楽章より)

 

 ラデク・バボラーク(ソロ・ホルン) チェコ・ホルン・コーラス
アレシュ・バールタ(オルガン) ミロシュ・ボク(指揮)

 2009年2月25日発売の「ブルックナー・イン・カテドラル」は、プラハ郊外モストにある聖母被昇天教会において、バボラークの古くからの仲間であるチェコ・ホルン奏者たちと、オルガン奏者アレシュ・バールタ、また旧知の友である作曲家ミロシュ ボクといったメンバーで収録されたブルックナー作品のホルン・アンサンブルです。
 中でも特に聴き応えがあるのは、最終トラックの交響曲第7番第2楽章「アダージョ」。バボラークのソロ・ホルンとバールタのオルガンのデュオによる延々25分間の壮大な演奏が教会内に響き渡ります。
 その他にも、ホルン8本(うち4本はワーグナー・テューバと持ち替え)とオルガンによるモテット集、ミサ曲など。
 マルチサラウンド盤による三次元的な響きはオーディオ的にもお楽しみいただけ、さらに空間に広がってゆくような音響は、まるで天上から響く音楽を聴いているよう。ふと、敬虔さや慎ましさを感じることのできる一枚です。

[CD&SACD]OVCC-00068 ¥3,000(税込)