インバルという指揮者は、本当に奥の深い様々な魅力を備えたところがある。例えば同じ曲を二度録音したとしよう。同じ時期では差はないが、一年も間をあけると、どんどん違ったアイデアやアプローチの仕方まで変わって来る。従って、客やオーケストラを飽きさせない達人である。
ぼくは今回短い出張でマーラーの1番を録音した。ぼく自身にとっても、1番は10作品目の記念の録音であって、新しい作品を作るにあたって何か過去と違うものを世に送りだしたかった。
今回もいつものチェコ・フィルの録音と同じく2日のコンサート、初日のリハーサル、そして終演後一時間のセッションという環境での制作となるが、リハーサルの最初の一音から楽員のみせる本気度が違っていた。チェコ・フィルを20年にわたって録音を続けてきた。その瞬間に彼らが本気か、少し手を抜いているか、全く白けているか、ステージ階下のスタジオの調整卓の前に座っていると、本当によく判る。ぼくのこれまでの経験から、そこにモニターされた音は紛れもにく、本気を伝えるものだった。
一楽章はやや早めの入りから、基本的にインテンポを基調とする。故に時折みせるアゴーギクがより効果的に聴こえる。マーラーの伝統的な表現は、頑なまでに頑固に伝統に固執する。現代では余りにも新個性を見出そうとする一方、伝統的とされる演奏ほど新鮮ささえ覚える。いまの時代、王道を真正面から正攻法で表現出来るのは、やはりマーラー指揮者として不動の地位にあるインバルならではのものかもしれない。また、チェコ・フィルでのマーラーも意識され、チェコの伝統にも造詣が深い。チェコ・フィルが気持ちよく、インバルの音楽に入れるための配慮は流石なものだ。そして仕上がったものは、紛れもなく、インバルのマーラーそのものだ。
録音的には、最近ぼくは、南イタリアのガレージ・メーカーが作った真空管式のマイク・プリアンプを使っている。今年の夏くらいから、現場でテストを重ね、チェコ・フィルの録音に導入したのは先月からだ。まず何より弦楽のサウンドに大きな魅力がある。また、オーケストラの強奏時にも、音像が乱れない。これから帰国後、編集マスタリングの作業を施すが、インバルが魅せてくれた規範的でもあり、また更に新鮮な新録音が、新しいエクストン・サウンドでリスナーにお届け出来るのが、とても楽しみだ。
(T.E.)