小林研一郎のベートーベンサイクルも、残すところ第九だけとなった。今回は、4・8番という組み合わせだ。両方ともコンサートのメイン・プログラムで演奏される曲ではなく、コバケンがどのような演出でこのコンサートを成立させるか、とても興味深かった。
実際には、4・8・レオノーレ第三番という順で演奏された。そこで聴けた音楽は、何の脈絡もない、全くの正攻法の演奏だった。あれ程「この2曲で、どうやって…」と思ったが、結果は何の心配もなく、充実したコンサートを聴けたという満足感さえあった。やはりベートーベンは素晴らしい。またお気づきのリスナーもおられるだろうが、最近のコバケンには大きな変化がある。それは、あの独特の演奏中に言葉を発す、唸り声が無い事だ。
過去、ノイマンが70年代初めごろ、自分が演奏中に声を発する癖が付いて、それを取り去る事に苦労した事。声を出していないと、何かが心配になる。例えば、強烈なビートでのアインザッツに大きな声で「ウン!」とやらないと、何か合っている気がしなかった。と話してくれた事があった。95年2月に初めてコバケンの演奏を聴きに来たノイマンとコバケンパフォーマンスについて話した時の事だ。
ノイマンは、「あれは癖のようなもので、いつかは無くなるよ。」と何事もないように話していた。まさにそのいつか、が訪れたわけだ。結果、最近のコバケンの演奏は、彼が一音一音、慈しむように音を聴き込みながら演奏をしている様子が感じとれる。今回の演奏はまさにそれを語らずにはおれない内容だ。72才を越して、さらに進化を遂げるコバケンの音楽に、是非ご期待ください。
(T.E.)